8/22/2013

azuki2013高知よさこいedit



 編集:Dance Cream 小倉

8/20/2013

azuki2013練習edit

小倉先生が練習風景を編集したヴィデオです。

語り部です!

Azuki 2013「Fifth」

伝う弦は嘆く
さわりを這い
音の礫
さざめく雨に濡れゆく
満ち溢れぬ其処彼処
気付けばここでは
鼓動さえ聴こえぬ
風は止まず
羽をさらうばかり
悠々と雲は流れる
静けさを語る波は
いつ口をつぐむ
訪れを望むばかり

渦が生まれるまでは
交わることができぬ
濁流に呑まれるまま
魂は何処へ向かう
波の音が聴こえる
無数の鐘が過ぎゆく
己はただ鼓動の中を踊る
異なる声からだが笑う
空はまだ泣き止まず
降りしきる音を叩きつけられ
ここに在る意味など消える

音が崩れ落ちる
掻き鳴らす弦は渦に変わる
満ち溢れる静けさの際に
立ち尽くす己など見る影も無い

8/05/2013

小倉が語るOGURA Yosakoi のルーツ 2

私のよさこいにおいて2度目の転機は、
山形県東根市のよさこいチーム「いでは組」との出会い。

最初は、従来の延長のような、感じの振り付けをしていたが、
何度もお付き合いしていくなか、代表の岡田さんから送られてくる手紙や、
東根の土地や人々と触れ合っていくうちに、
よさこいの振り付けの考え方が変わってきた。

全国各地でよさこいのチームがあるのなら、
「どこかのチームのような振付」ではなく、
その土地に住む人々の生活や、風景、空気・・などが見えるようなものを創りたい

いでは組では「故郷の、山と、川と、大地の舞 四季シリーズ」 を創った。
岡田代表の、まさに情景が目に浮かぶ文章を何度も読み返しながら、
それを踊りで表現したいと思った。 2005年、生徒たちの要望で、
一年限定で いでは組の踊りと衣装をお借りして、ダンスクリームのチームを立ち上げた。 

<ダンスクリームが主催だったのはこの年だけです。> 高知の暑い夏の祭で、東北の冬の踊りを舞う。
この時の踊りも忘れられないものの一つ。 
その後、この流れは福島の「魂福よさこい連」や、仙台の「舞都」に繋がっていく・・・。 
しかし、この祭りの後、一気に高知では生徒が去っていき、ダンスクリームはまさに、冬の時代に突入していくのです!!(涙)


 花嵐舞いでは組ダンスクリーム 2005 冬

8/03/2013

OGURAが話してくれた、AZUKI のルーツ。

98年、L.A.から帰って来て初めてのよさこい、MEDIA98.
私のよさこいの、一回目の大きな変換期。

向こうで学んできたスタイルと、昔やっていた空手をMIXした。
インターネットもほとんど普及していない時期に、受賞経験も無い小さなチームで踊ったにもかかわらず、その後各地で出会う色々な方から、声をかけていただいた。
自分たちでビデオを見て練習したらしく、「踊りますから見てください!」と、目の前でいきなり踊りだした事も何度もあった。これには、ちょっと驚いたけど・・・

99年には、名古屋の第一回ど真ん中祭りにゲストで呼んでいただいて、その時の舞台を見た当時高校生だった子が、演舞後お母さんに連れられてやってきて「この子が、このチーム以外は踊らない。どうしたら一緒に踊れますか?」と尋ねた。
その後、彼女は高知に通い続け、そしてついに名古屋で、家族で祭りを立ち上げた!

どまつりで私たちの現地スタッフだった子は、8年後、この踊りを復活して踊るだけの為にチームを東京で立ち上げた。
2008年には、リメイクした踊りで10年ぶりに高知で踊った。
その流れは次の年からAZUKIに繋がって行く・・・。
Dance cream 小倉 












写真はDance Cream 小倉先生より拝借してます。

鯱との関わりも、ここからやねえ。
鯱は初めての県外のチームに振り付けをした。
あれも舞台バージョンをその後10年以上、踊り続けたね。小倉

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